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"住まいの日記帳"


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No.7 普通の家 Nov.29.2002 Fri

今宵は少し酔いがまわっている。

いつもの飲み仲間と少し早い退社でちょっと前まで一緒だったのだ。今は、結構フラフラだ。でも、ちょっと印象深い話しもしていたので日記に付けておこうと思う。

その仲間は同業のものでもないが私の関係で良く建築談義となってしまう。私も相手に合わせとっつき易い話題で持ちかけるのだ。例えばキッチンとかリビングとダイニングの最近の流行とかから始まる。そのうち建築的思考に移り、そこそこ難しい哲学的な話しに入っていくのがいつものパターンなのだ。そして途中で頭がフラフラしだし、お開きとなる。

今夜も同じような話に入っていたのだが、突然聞かれた。

「自分の家の理想は?」、と。

この手の質問は良くあることなのだが、一言ではなかなか説明しにくく毎回相手に合わせ簡潔明瞭な言葉を当てはめようとしてしまう。

今夜は少し考えたところで...

「普通の家がいいな」、と答えてしまった。

この答えにひどくがっかりしたようで驚いていた。そしてここから建築談義に火がついてしまったのだ。 

私もかれこれ思い起こせば、幼少の時分よりブロックとかで家を良く作っていたり、中学生の頃からは方眼紙をつかうよになり、大学受験の時にそれに気づきパイロットの道を少しお預けにし、建築学科に進学した。就職してからも住宅の計画に携わることになり、いつも自分のマイホームを考えることが出来る環境にいたりする。住宅が好きだから良く考えるのだ。本当に色々考えるのである。

もちろん住宅に対し、自分が小さい頃の時からの考え方は変化をし続けている。同じだったら少し怖い(反面、魅力的かもしれないが)。絶えず変化している。実際の仕事になってからは、現場を目の当たりにすることからも変化は著しく、さらには加速をしている。

学生時分は、外観の格好を良くすることばかり考えていた。そこに建築的思考を当てはめながらとにかく挑戦的な絵を描いていたのだ。もちろん某建築家の「最後は平面に帰る」という言葉を頭の隅におきながら。

最近では、年をとったせいもあるのだろうが昔とはだいぶ違う。格好の前に必ず別な要素がくる。

それは、まず第一に明るい家。そして広い家。そして、楽しい家。極めて最近では、災害や犯罪に強い家。メンテがかからない家なのだ。その上で、格好が良い家となる。

設計士は、もちろん独創性が強く個性を活かす住まい作りを常に意識している。ただ、基本的性能、機能はないがしろに出来ないのは当然のところであり、実際に現場を携わるなかで一層そのことを自分自身知ることとなるのだ。

その上での「普通の家」。簡単な言葉ではあるが、決して簡単なことではない。家としての在り方をまず熟知し、何が大切かを見極める。どんな家でも、家である以上根本的に全く同じであり、大金をかけて家を作る以上、家としての性能をまっとうしなくてはならない。それが出来ていない現状も、色々欠陥住宅という言葉で見受けられる。

住まい手の立場からこの「普通の家」をまず作るのが最優先の目的であろう。かつ、明るく、家族みんなが幸せな生活を送ることが出来る家。そんな家がいいなとつくづく思うのである。それが確保できれば、そこからは設計士自身の独壇場であり、住まい手の方からも一層のご満足を頂けるのではと思う。 

そういった意味で今夜は「普通の家がいいな」と答えてしまい、結構フラフラになってしまった。



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